9 雨と不良と子犬
千鳥は、ぱたりと足を止めた。容赦なく上から雨粒が襲い来る。
彼女の視線の先には、段ボール箱。マジックで大きく「拾ってください」と書いてある。
そして、その前にしゃがむ少年。
「・・・真紅、さん?」
千鳥が問えば、少年は振り向いた。長い前髪が鼻の横まで張り付いている。いつもきっちり着込んでいる学ランは無く、真っ白なシャツがびしょびしょに濡れていた。よく見れば、黒い学ランはダンボールに被せてある。
「千鳥」
真紅は小さな、掠れた声で言った。千鳥が駆け寄って、ダンボールの中を覗き込むと、そこには子犬がいた。覗き込んだ拍子に触れた真紅の体は、驚く程冷たかった。
「真紅さん! 何時間ここにいたんですか」
「2時間26分18秒」
異常なまでに正確な時間を真紅が答える。千鳥は、はあっと大仰に溜息をついた。
「そんな正確な時刻記憶できる脳があるならもっと別の事に使ってください!」
「君が言ったんじゃないか、何時間ここにいた、って」
「もっかい引っ叩きますよ」
真紅は黙る。千鳥はもう一度溜息をついて、真紅の細い腕を引いた。
「子犬、連れてきて下さい。うちに行きますよ」
「あ、今、タオル持って来ますから!」
結城家の玄関に着くと、千鳥は勢いよく洗面所へと駆け出した。千鳥の住む結城宗家は無駄に広く、洗面所にまで行く道程は分家の竜也が迷う程だ。(因みに言えば、竜也は千鳥の住む屋敷の隣にあるまあ普通の大きさの一戸建てに住んでいる)結城の宗家に使える使用人の間では、屋敷の構造が分かって初めて1人前だという。まあとにかくそんなこんなで、千鳥は猛ダッシュで洗面所へ駆け込み、タオルを3枚引っつかみ、また全力疾走で玄関に(迷う事無く)到着したのに、かかった時間は4分30秒だった。真紅曰く。
持って来たタオルを、1枚は自分の頭に無造作に置き、他の2枚は真紅に手渡した。子犬は真紅が学ランを段ボールに掛けていたから、真紅ほど濡れていなかった。ぴょんぴょんと跳ね回るその姿を見る限り、特に弱ってはいなさそうだ。犬種は柴犬らしい。
「全く、良くもまあ捨てようと思いますよね。あたし、そういう人本当に許せない!」
子犬の頭を優しく撫でながら、千鳥は眉間に大きく皺を寄せた。千鳥の姿を見るや駆け寄って来た子犬は、千鳥の腕の中でとろとろとまどろみ、遂には寝てしまった。千鳥はそっとタオルの上に犬を寝かせる。そして立ち上がると、真紅を不安げな目で見た。
真紅は黙ったままだった。気まずそうに目を逸らし、それからぽつりと、
「子犬を拾った僕は、不良じゃないよ」
と、言い放った。
「誰も不良だなんて思ってませんよ」
表情こそ変わらないが、言葉の裏に棘がある。千鳥はびしょびしょの真紅の制服を摘んだ。
「酷い、これ。あなたの分の制服も一緒に乾燥させちゃいます。今父上に言って着替えを用意して頂きますから、そこで暫くお待ち下さい」
「千鳥」
踵を返した千鳥を真紅は呼び止めた。無機質な顔で振り向く千鳥。
「この前はごめん」
短い言葉だったが、真紅の表情は珍しくふにゃふにゃになっていた。千鳥は唇を一度ぎゅっと噛み締めて、ふぅ、と息を吐き出した。
「・・・言い忘れてました。お風呂もお貸ししますよ」
言葉こそ鋭かったが、千鳥の表情は柔らかかった。
「有難う、千鳥」
真紅は、いつかの喫茶店にいた時の様に、にっこり優しく笑った。
「千鳥、誰ですか、あの人」
千鳥の母(全体的に脂肪が付いていなく、すらりと背が高い)は、千鳥に耳打ちした。
「以前助けて頂いた烏羽真紅さんです。申し訳ありません、勝手に入れてしまって」
「いえ、別にその事は。・・・烏羽、とは、どこかの名門ではありませんでしたか?」
「へっ・・・あ・・・!」
千鳥は手を口に当てた。真紅の、(まあ不良校に通っているという事は別にして)物腰や、服の着方、上品にケーキを食べていた姿。姉の琴葉は名門高校の生徒だし、矢張り気品が漂っていた。そう考えれば。
「確か、私たち武士の時代から栄えていた家ではなく、維新を過ぎて力を発揮し始めた商人の家系だと記憶しています。武より学に秀でていると」
「言われれば、そうかも知れません。そんな事考えてもいなくて――」
千鳥がそこまで言いかけたとき、玄関の方向からぎゃんぎゃんと喚き声が聞こえてきた。
「大変! きっと犬が起きちゃったんだ! 犬!」
走り出す千鳥。それに気が付いて、真紅も後を追う。彼は千鳥の父の着替えを借りていて、黒を基調にした着流しだった。
どうにか玄関に到着すると、そこには犬に服従姿勢をされていた真の姿。犬は千鳥の姿を認めると素早く千鳥の元へ駆けて行った。真紅を見て目を丸くする真。
「何でここにてめーがいるんだ」
「・・・やあ、こんにちは、孝鳥。少しあってね、お邪魔させてもらってるよ」
「あ、や、真さん気にしないで下さい! この子犬が・・・」
「ああ、こいつか?」
真は千鳥に甘える子犬を指差す。
「来たらぎゃんぎゃん吠えるもんだから、少し叱ったら、大人しくなった」
「そうですか・・・真さんはリーダー気質ですからね」
にこにこ笑う千鳥。真は少し顔を赤らめてそっぽを向いた。
それを面白く無さそうに見る真紅。
「・・・それで、君は何をしに来たの」
「べっ、別に・・・・・・犬の鳴き声が煩かったからよ!」
「今までこの子寝てましたよ?」
千鳥はきょとんと真を見上げる。真は顔を奇妙に歪めた。因みに、顔は真っ赤だ。
「う・・・煩い! 大体何でてめーがここにいるんだよ!」
「言ったでしょ。少しあってね、って」
「その少しが何なんだよ! 表へ出ろ!」
「いいよ。上等。受けて立つよ」
睨み合う2人。その間に千鳥が割って入る。
「や、止めて下さいよ2人とも!」
「「ああ、(すまない)(ごめんね)千鳥」」
さっさと離れる真と真紅。2人とも千鳥に甘すぎだ。
「孝鳥、外で決着つけようか。千鳥を賭けて」
「千鳥は賭けるもんじゃねえ! ああ上等だてめーがもう立ち直れねえ様にしてやる」
2人の間に火花が散る。それをおろおろしながら見る千鳥。会話は聞こえていない。
「お隣の礼儀正しい真さんに、烏羽家の息子、真紅さん・・・千鳥にはお婿さんの心配は要りませんわね、貴方?」
「うちは強くて賢い者だけしか選ばん」
影から見守る、ふたつの影。
千鳥の父と母だった。婿選びに忙しい様だ。
とりあえずその場は千鳥がどうにか収め、収束を向かえた。
「・・・最近、真紅が真の所の小娘に現を抜かしている。連れ戻して来い」
「はっ。了解致しました」
頷く人影。艶やかに光る青い髪が印象に残った。
* ごめんなさい、ようやく新キャラ登場です。
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