「伯父さん、ここに荷物を置いて良いですか?」
「ああ、そうだな。窓の辺りにでも置いておけ」
「! 伯父さん、あの隣の建物は?」
「おお、お前は今日来たばかりだから知らないのだな。あの広大な和屋敷は古くから栄える武士の名門、結城家の屋敷だ」
空猫生徒会番外編 漆黒月猫物語
そうそうそれと、と伯父は俺の勉強机を引っ越し業務の人と運びながら言った。私は今日からお前の実の父の様な存在になるのだ。いつまでも伯父さんなどと他人行儀で呼ぶのではなく、親父と呼べ、と。俺は了解、と返事を返しつつ、一番大切にしてあった段ボールの封を解いた。中にはすらりと長い竹刀。俺の昔からの愛刀、黒猫だ。黒猫を手の届く場所に置き、俺は荷物の整理を始めた。
「夕飯まで時間がある。それまで待っていろ」
「親父が作るのかよ?」
「お前に作らせたら堪ったものではないからな」
何だよそれ、と笑い混じりに軽く怒りながら、俺は自分用に与えられた部屋に戻る。窓が南側についていて、日が良く入る。良い部屋だ。ぼーっと窓の外の景色を眺めると、嫌でも手前の大きな和屋敷が目に入った。良く見ると、人影がいる。長い髪。女のようだ。
女は広い屋敷の庭に立ち、すらりと腰から棒を引き抜いた。良く見ると、それは
「真剣!?」
俺が張り上げた声は、開け放たれた窓の外の女にも伝わった。女はそろそろと顔を上げる。いくら隣の家といっても、俺の部屋は隣との境界線である塀にとても近い距離だったし、女とはかなり近い距離で見合う事になった。女は大きな目を瞬かせている。女と言うより、少女と呼ぶのが相応しい顔立ちだった。
「あ・・・」
突然大声を上げ立ち上がった事が恥ずかしく、俺は俯いた。すると少女が笑う。
「こんにちは」
「あ・・・・・・こ、こんにちは」
俺が返事を返すと、少女は嬉しそうにふにゃりと笑った。
「親父、隣には誰が住んでいるんだ?」
俺の伯父である徹は、自分で作った肉じゃがを(不味くは無いが、決して美味い訳でもない)頬張りながら俺を見た。
「だから言っただろう、古くから栄える武士の名門――」
「いや、家族構成だ」
親父はは箸を持つ手を止め、顎に当てた。そして思いついた様に目を少し見開く。
「この時間帯・・・もしかしてお前はお嬢さんに会ったのか?」
「お嬢さん?」
「ああ、結城宗家の嫡子、千鳥お嬢さんだ」
「・・・真剣を持っていたが」
「あの敷地内では大丈夫なんだ。矢張りお嬢さんと会っていたのだな」
かわいい子だっただろう、と親父が俺の目を覗き込むので、俺は慌てて目を逸らした。
「お嬢さんの部屋はお前のお向かいだからな、お近づきになれれば幸せではないか?」
と、親父は豪快に笑い飛ばした。
「えー、今年から入る転入生を紹介する。玉兎君」
ぱらぱらと起こる拍手の中、熱い視線が鬱陶しい。女子は見た目だけに反応しすぎなんだ。
「あー、新しい席用意したから。結城さんの隣ね」
結城、と聞いて顔を上げると、そこにはにこにこ微笑む昨日の少女がいた。
「よ、宜しく。・・・結城、さん?」
「千鳥で良いよ。玉兎真、君?」
頷くと、千鳥は鈴の様な声で笑った。
「じゃあ、真さん、宜しくお願いします」
「真さーん!」
土曜日。空猫中学校の妙に明るい体育館で愛用の竹刀「黒猫」を素振りする手を止めて、俺は声の方を見た。背中の真ん中くらいまである長い髪を珍しく下ろしてこちらに手を振る少女。千鳥だ。
「お弁当持ってきちゃいましたよ。はい、皆さんにも差し入れ!」
千鳥は俺に青い包みを渡すと、他の剣道部員の元へ走っていった。聞く所に寄れば、この学校にはマネージャーは存在しないのだが、土曜日だけ千鳥は剣道部に差し入れなどを持って来るらしい。包みを解いて、シンプルな弁当箱の蓋を開けると、色とりどりの美味しそうな料理。いつも親父の何とも言えない料理と給食を食べる俺にとっては有難かった。
「これ、千鳥が作ったのか?」
「当たり前じゃないですか。みっちり仕込まれましたから最低限の味の保障はしますよ」
食べてみれば、最高に美味しかった。
「凄えな。剣の心得に料理・・・」
「武士の名門、結城として当然の事って言われてますよ」
威張った様な口調だったが、千鳥はとても嬉しそうに笑った。
「ご卒業おめでとう御座います、真さん!」
「お前も卒業だろうが・・・」
春。桜が舞っていた。俺たちは中学校の門前に卒業証書を携えて立っている。千鳥の目には涙の後があった。ひとしきり友達と最後の別れを言い合った後、家に帰るべく俺たちはここにいる。心配しなくても卒業した内かなりの人数が俺たちの行く空猫高校への入学が決まっている。千鳥は涙をごしごし拭くと、ぱっと顔を上げた。
「真さん、高校に入ったらあたしの従兄が来るんですよ」
「従兄?」
「はい。分家の従兄で、暫く修行に行ってたんです。因みに同い年ですよ」
あたしたちと、と千鳥は言葉を結ぶ。昔より少し伸びた黒い髪が風に靡いた。
夏の夜は暑いので外に出るのが嫌いだが、それでもこのベランダだけは好きだ。何故なら、
「そういえば、そんな事もありましたねー」
向かい側の窓から、千鳥が俺と一緒に同じ空を見上げるからだ。
「いつの間にこんなに経っちゃったんだろう。ねえ、真さん、時間って、川みたいじゃないですか? 泳いでいる時は必死で周りなんて見えていないのに、終わっちゃうと、なあんだ、こんなに狭い川だったのか、って、全部あっと言う間、そんな気がしませんか?」
「・・・・・・かもな」
俺は溜息混じりに星が輝く空を見つめている。
「今日は月が綺麗ですね、真さん」
「本当だな。昨日は土砂降りだったからな・・・あれは酷かった」
「あたし、月猫って名前、すっごく気に入ってるんです」
視線を地上に戻せば、向かいから千鳥がこちらを見ているのが分かった。顔が熱くなる。
「月に焦がれてしまった猫。綺麗な名前だなあって、思うんです」
「親父に言っといてやるよ」
「嘘。昔真さんが書いた小説の名前でしょう」
ああ、と思い出す。確かに昔、月に想い焦がれた猫の話を、あれは学校の宿題だったかでやった事がある。それを千鳥は素敵だと褒めてくれた。
「ああいう真さんの真っ直ぐな感性、あたし大好きです」
大好き、と聞いただけで気分が高揚する。本当に俺は最近おかしい。千鳥と共に空猫高校の門を潜り、千鳥の従兄の竜也に出会い、千鳥たちと一緒に生徒会に任命されて、保と再開して、烏羽真紅に出会って。本当にいろいろな事があったけど、俺はずっとずっとお前にこの気持ちを抱き続けていたんじゃないかと思う。
儚く美しい月の猫よ。
俺はお前のことがいとしくていとしくて堪らないのだ。
* 本当に真さん(のモデル)は格好良いと思うんだ。
PR
この記事へコメント
- カレンダー
12 | 2025/01 | 02 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | |||
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
- 最新記事
(11/25)
(09/17)
(08/11)
(08/11)
(08/11)
- プロフィール
HN:
うぐいす
年齢:
32
性別:
女性
誕生日:
1992/08/08
職業:
ノートにガリガリすること
趣味:
小説を書くこと
自己紹介:
小説に特化したブログを作ってみました。
- ブログ内検索
- 最古記事
Copyright © 鷹の止まり木 All Rights Reserved.