「で? あの男前気取ってる奴が会長の玉兎真くん、ってわけ?」
男子生徒は頷いた。目の前には「卒業生」の札を胸につけた強面の男がじっと据わった目でグラウンドにいる男を睨みつけている。男子生徒は手に持っている紐を差し出した。
「先輩、俺、先輩に遅れない自信があります。だから俺と一緒に走って下さい。どうしてもアイツを負かしたいんです」
18 赤と青のコンチェルト
「孝鳥、僕の足を引っ張る様な事があれば、君を殺すよ」
真紅は真っ白な紐を細い指で弄んでいた。隣で水道の水をがぶ飲みしていた真は顔を上げて、体操着の袖で濡れた口元を拭う。
「こっちの台詞だ」
真紅と真はいたずらめいた笑みを浮かべ、並んで歩き出した。辺りの少女たちがどよめき出すのも気にせず、彼らはグラウンドの端まで歩く。
「あ、真さん、真紅さん」
ぱっと顔を輝かせて千鳥が駆け寄った。その頭をがしがしと撫でながら真は真紅を見る。真紅は淡く微笑むと千鳥に白い紐を渡した。
「千鳥、これで足を縛ってくれない?」
「へ? 良いですけど、真紅さん器用だからご自分で・・・」
「うーん、千鳥にやって欲しいんだけど。おまじない、みたいなものだから」
千鳥はにっこり笑って「わかりました」と、真と真紅の足を紐できゅっと縛った。真の少し日焼けした足首と真紅の真っ白なそれがちぐはぐで、千鳥は笑みを零す。
「じゃあ、2人とも、頑張ってきて下さいね」
「おう」「うん」
千鳥の手をぎゅっと握って、2人はグラウンドの中心へ駆け出した。
真紅はその大きな黒目でトラックとグラウンド全体をそっと見回した。そして少し考えるような表情をしてから、真の肩を叩く。
「孝鳥、“いちにっさんしーアルソック”のリズムね」
「微妙な曲選!!」
真があからさまに顔を顰めるのに対して、君の顔の方が微妙だから心配しなくて良いよ、と返して、真紅はふと目を見開いた。
「あ、千鳥の競技だ」
真も倣ってトラックを見る。真たちは1種目前の集合でグラウンドの中心に立っているのだが、今の種目は100m走。青鉢巻をつけた少女がスタート位置で腕を伸ばしていた。
ピストルが鳴り響いて、千鳥たちは駆け出した。鉢巻の青と彼女の長い髪の黒が後ろに靡く。他の少女たちも速く、中々互角の戦いが続いた。真紅が少し眉間に皺を寄せてその戦いを見守る。しかし、真が結ばれていない方の足を一歩前に踏み出し、大声で叫んだ。
「千鳥!」
その途端、千鳥ははっとしたように真の顔を見た。真は不敵ににやりと笑って、大きく頷く。それに頷き返すと、千鳥は必死にスパートをかけた。隣に、千鳥よりひと回り背の高い女子が並ぶ。しかし千鳥は歯を食い縛って足を大きく踏み込んで、白いテープを切った。
「お疲れさん、千鳥」
「まっことさんっ! 応援有難う御座いました!」
全速力でほぼ飛びつくように駆けて来た千鳥の頭を強く撫で、真は笑う。
「じゃあ次は俺の番だな。おめーに負けねーように頑張ってくる」
「はい! 真さんと真紅さんならきっと凄いですよ! 頑張ってきて下さいね!」
笛の音が響いて、真と真紅は黙って足を動かした。
「そこは右、次が左でしょ孝鳥。物分かり悪いなあ」「お前のペースで決めんじゃねえよ」
2人の会話を聞いて、くすりと千鳥は笑みを漏らした。
スタートラインに並ぶと、「卒業生」の札をつけた大男が敵意むき出しの顔で笑った。それに眉を顰めて、真はしっかり前を見据える。
「大丈夫? ダメダメ孝鳥」
「全く心配いらねえよ」
真紅は少し笑って、前を見つめた。その瞬間、ぱぁん、とピストルが鳴って、選手たちは同時に駆け出す。
いや、駆け出した筈だった。
「!? 真さん!」
千鳥が叫ぶのを聞いて、竜也は不可解そうな顔で振り向く。そして目を見開いた。
「孝鳥?」
声は静かだが、かなりの驚きを孕んでいた。しかしそれ以上に焦ったのは真の方である。何故。なぜ。今、足を引っかけられた気がする。だとすれば何故ピストルが鳴らない? だとすれば何故、誰も何も言わない?
「馬鹿だね、君、きっとあの大男に狙われてたんだよ。今話したら醜い乱闘が起こると思ったから黙っていたんだけど、あれ、僕らの白秋町とは空猫町を挟んで逆側で暴れてる奴だよ。君はあいつに足払いされたんだよ。誰も何も言わないのは彼が怖いから。きっと君が邪魔で仕方が無かったんだね」
真紅は忌々しげに目にかかるほど長い髪を手で払い、眉間に皺を寄せつつも笑った。
「今の距離差は15m強ってところかな。コースは往復で400m。できるよね?」
「勿論」
真を待たずに真紅は走り始めたが、その足を紐が引っ張る事は無かった。真が素早く起き上がり、真紅の一歩目に足を合わせたからだ。いつもいがみ合っている2人とは思えないほど息の合った足使いで2人は駆け抜ける。
「真さ―――ん!! 真紅さ――ん!!」
千鳥が大きく手を振るのに合わせて真たちはカーブを勢い良く走る。スピードを全く落とさずに、重心を傾け、低く走る真紅の隣で、外側の真も負けじと走った。
しかし、さすがの相手も陸上部。差は大きくは縮まらない。
「おお、会長が負けるなんてめずらしー事が起こるのか?」
「そんな訳、無いよ」
トラックの外側。野次を飛ばす竜也に千鳥は首を横に振った。
「真さんと真紅さんは勝つよ。何があっても、絶対に」
400mは長い。しかも2人で走れば、さすがに息切れするものだ。
「よう、さっきはよくも足引っかけてくれたじゃねーか」
幻聴まで聞こえるとは、陸上部の元エースの名が泣く。まったく、現役を退くと体が鈍って仕方が無「おい、聞いてんのかよ」
大男の脇を、赤と青が掠めた。何事かと目を見開く大男の目には、細い見た目に反してしっかりした体つきの男の頭で翻る青い鉢巻と、隣を走る華奢でほっそりした男の胴体にかけられた「参加者」の赤いたすきが風に靡く様子が見えた。
馬鹿な。
こけたらもう陸上部の俺たちには追いつけないはず。なのに、なぜ、今目の前にいる男は俺が足を引っかけた奴と同じ見た目をしている?
何故、あの男の隣にいる奴は俺と同じたすきを下げているのに、俺と、こんなに、差が、
真と真紅は同時に足を突き出して、その胴体がゴールテープを切った瞬間、会場からありとあらゆる種類の歓声が上がった。その後ろから、放心したかのようにのろのろと大男たち、それから他の人たちが続く。いてもたってもいられず、千鳥はテント席から飛び出すと、真と真紅の首元に抱きついた。真っ赤になる真と嬉しそうな顔の真紅。
「素晴らしかったです、お2人とも」
「「ありがとう」」
千鳥の言葉に2人同時に返してしまい、後味が悪そうに真たちは千鳥に紐を解いてくれと頼んだ。彼らの頭上に広がる空は快晴である。
*ウィナー。あと1話か2話で体育祭はおしまいです。
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