20 流れる雲のように、通り抜ける風のように
悠久の時のように真は感じた。千鳥はびっくりした表情のまま、まばたきを何回かして、それでも真を見つめていた。雲も、風も、全てが止まったかのような時が流れる。そして、
「ゴール!!」
審判が腕を振り上げて、時間は元通り流れ出した。青組から、そして他の組からも歓声が沸きあがる。中には溜息や怒号も含まれているようだ。
「どうにかやりやがったー・・・」
竜也は席にもたれかかり、大きく溜息をついた。
「探したぞ。全く、今日は集会の日だろうが」
人目を引く艶やかな青い髪を帽子に隠し、女は少年を叱った。少年はこの真夏だというのに真っ黒な学ランを上から下まできっちり着込んでおり、しかも汗を流している様子は微塵もない。
「うん、ごめん。来たかっただけだからね」
少年は和やかに笑ってそう答えた。女は少し驚く。この少年が謝るなんて珍しい。けれども何となく、追求せずに、女は息を小さく吐いた。
「帰るぞ、保様がお待ちだからな。構わないな?」
「うん」
少年は去り際に校舎裏をひっそり歩く男を見つけた。微笑んで、少年は口を開く。
「必ず奪うからね、孝鳥」
唖然とする男を尻目に、背を向け、少年は学校を去った。
人々の興奮で熱く燃えるグラウンドとは校舎を隔てた中庭には幾分か涼しい風が吹く。それは真の頬の熱を奪い、高く高く吹き上げて消えた。
「あ゛―――・・・」
言ってしまった。あの後逃げ隠れるように真はここに来てしまったが、今頃千鳥はどうしているだろうか。こう見えて真は生粋のヘタレである。
「ったく・・・。真紅の野郎にもああ言われたしな・・・」
「真さん?」
真は文字通り飛び上がった。後ろを振り向くと千鳥が首を少し傾げて立っている。
「ち、ち、千鳥」
「次、全校綱引きですよ。行きましょ?」
千鳥は真の袖の端を摘んで、グラウンドへと引っ張っていく。真は錯乱した。千鳥はどう思っているのだろう? もう、これまでのようには戻れないのだろうか?
「真、さん」
「あ、ああ、なんだ?」
俯いたまま千鳥は歩き続ける。グラウンドの喧騒と熱気が真に伝わった頃、千鳥はようやく顔を上げて、振り返り真の目を見つめる。その目のあまりの美しさに真は息を呑んだ。
「あたし、真さんに頼りにしていただいて、すっごくすっごく嬉しかったです。あたしも真さんのこと、大好きです」
「・・・・・・え」
「係の人から聞いたんです、さっきのこと。こういう時に真さんがあたしを頼りにしてくれるってことがすごく誇りに思います。でも、真さん格好いいんですから、かわいい子のひとりやふたり探そうと思えばあっという間だと思うんですけどねー・・・」
「・・・は?」
真は焦った。千鳥が好きだと言ってくれたときは心臓が飛び跳ねて口から出てきそうだったが、どうも千鳥の好きはこちらの望む「好き」とは違うようだ。
「いや、千鳥、俺は・・・」
「じゃあ、残り一種目、頑張っていきましょうね!」
千鳥に見上げられて、不本意そうな顔をしながらも真は、ああ、と返事を返した。それに満足げに笑うと、千鳥はグラウンドへの道を軽やかに歩く。
本当は千鳥の内心も大変なものであった。それが例え誰も好きな人のいない真の“隠れ蓑”だったとしても、必要とされることは嬉しかったし、何より、好きだと言われてからずっと心臓がうるさい。落ち着けよあたし。どうにか唱えて、彼女は必死に足を動かす。お互いすれ違う思いはそのままに。
もし、今の言葉が本当であるとしたら、
もし、今の言葉が本当であると分かってくれたら、
どれだけ幸せなんだろうか。
「お疲れさまでした!」
珈琲を真、竜也の目の前に置いて、千鳥は徹と共に部屋を出て行った。片付けの指示に行くらしい。体育祭の結果は言うまでもなく青組が圧勝だった。竜也は扉に耳を当てて、誰もいなくなったことを確認すると、再びソファに深く腰を下ろす。
「・・・会長、なーんか千鳥の態度に変化が見られないんですけど」
真は珈琲を啜る。深みのある苦味に、千鳥が大量に入れた砂糖の甘みが増す。
「ああ。真さんに頼りにされて嬉いっつってた」
「はぁあ!?」
竜也は呆れたように大声を出すと、そのまま目の前の机に突っ伏した。
「駄目だ~・・・いくらオレが頑張っても千鳥も天然会長も天然~・・・」
「頑張った、って、なんだ?」
ばっと竜也は顔を上げた。そして引きつった笑みを浮かべる。
「やーだなー会長ってば・・・オレは・・・カードのシャッフルを・・・」
「やっぱりテメーの仕業か竜也ァァァァァ!!!」
真は竹刀を振り上げる。竜也と真の追いかけっこは千鳥たちが帰ってくるまで続いた。
「あら、真紅、どこに行くの?」
「スポーツ用品店。いちいち聞かないでよ、うっとうしいから」
真紅は綺麗な学生靴を履いて、玄関の鍵を開けた。あら、反抗期になったこと、と琴葉は茶化して笑う。そして不思議そうな顔をして、どうして行くの? と聞いた。
「スキー用具を探しに行くの。分かった? 僕のことにいちいち干渉しなくていいから」
「はいはい、分かりました。じゃあ行ってらっしゃい、気をつけてね」
「別に気をつけなくても」ドアが開いて、真紅の体が通った後にまた閉まる。
「僕が巻き込まれる訳ないんだから」
スキーがある事は黙っておいた。それが正解だと思った。今回のように大変な事に巻き込まれてしまうのは御免だ。けれども。真は部屋の壁にかかったカレンダーを見た。
冬休みに入るまであと1週間。入ればすぐにスキー旅行だ。
「あら、お嬢様、どうなされたんですか?」
使用人の桃乃の声に、千鳥は華も綻ぶ笑顔を見せた。普段家族たちは使わない倉庫の中に千鳥がいるので桃乃は大層驚いたが、千鳥の笑顔を見てどことなく察した。
「桃乃さん! 聞いてくださいよ、あたし、今度スキーに行くんです。2泊3日で」
何をお探しですか、と聞いたらこんな答えが返ってきて、成る程と桃乃は微笑む。
「へえ。初耳ですね。どなたとですか?」
その途端、千鳥の顔が真っ赤に染まった。
「おともだち、です」
「嘘をおっしゃいな。大丈夫ですよ、旦那様たちには黙っておきますから。殿方とですか?」
こくんと小さな頭が下がり、また上がる。
「そうですか。お気をつけてくださいね? 男は狼といいますから」
「はい。でも大丈夫ですよ、あの人たちはそんな事しませんから」
そんな会話が行われたことを男たちは知らない。
そして、日は過ぎていく。
* 体育祭編終了です。読んでくれてありがとうございました!
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